コラム
2019.11.23
「あなたも狙われる、中国のスパイ法の恐るべき実態」
中国反スパイ法の実態
―日本人として知っておくべき独裁を支える中国防諜法の恐るべき内容―
矢野義昭
今年9月3日に中国社会科学院近代史研究所の招きで北京入りした北海道大学の教授が、9月8日、帰国時に空港で工作されるという事件が起こった。同教授は11月15日に釈放され、同日に帰国した。中国外務省報道官は、釈放時の記者会見で、「刑法と反スパイ法に違反した疑いで拘束していた」と発表している。
同教授の刑法上の容疑は国家安全危害罪とされているが、反スパイ法違反との嫌疑も挙げられている。中国当局は2015年以降、スパイ行為に関与したなどとして教授以外にも日本人の男女計13人を拘束し、うち8人に実刑判決を言い渡している。また11月15日現在、中国では9人の邦人が、事実関係が不明確な形で拘束されている(『産経新聞』令和元年11月16日)。
中国の『中華人民共和国反間諜法(以下『反スパイ法』と略称)』とはどのようなものなのか、同法の条文に従い分析することは、日本人が同様の容疑で拘束や逮捕をされないためにも、必要なことであろう。
党独裁下の徹底したスパイ防止体制と全公民・全組織への義務付け
『反スパイ法』は、2014年11月1日の第12回全国人民代表大会常務委員会第11回会議で可決され、同日、国家主席令第16号として公布され、同日付で施行された。
同法の目的は、「スパイ行為を防止、制止、処罰し、国家の安全を保持する」(同法第一条)ことにある。そのスパイ防止のための工作においては、「中央の統一的指導を堅持しつつ、公開工作と秘密工作を相互に結合し、専門工作と群衆工作の路線を相互に結合し、積極防御と法により処罰するとの原則を堅持する」(同法第二条)とされている。
ここで「中央」と述べているのは、「党中央」の意味であり、スパイ防止工作に対する党の絶対指導が、同法の原則の筆頭に挙げられている。反スパイ工作では軍と同様に、「党中央の絶対指導」原則が貫かれている。
軍と公安関係機関は、国内外の敵対勢力に対し、一党独裁支配を力で直接支える「暴力装置」である。党中央は、この両実力組織に対する絶対的な指揮統制権限を維持強化することを、統治原則として最も重視している。
また最高指導者にとっては、中国国内の権力闘争を生き抜くためにも、この両実力組織を掌握することが必須の要件となっている。反スパイ法は、中国国内における内外の敵対勢力を監視、防止し、摘発、処罰する根拠となる、極めて重要な法であると言える。
主管機関については、「国家安全機関が反スパイ工作の主管機関である」(同法第三条)と明示されている。さらに「公安、秘密保全行政管理等その他の関係部門及び軍隊の関係部門は、それぞれの職責に照らして分業し、密接に連携し、協力関係を強化し、法に基づき関係する工作を行う」(同条)とされ、関係機関がそれぞれの所掌に従いつつ、相互に連携協力しながら、反スパイ工作を行うべきことを規定している。
基本的には、国内治安維持任務は、中国国務院に属する行政機関である国家安全部と国家公安部、外国勢力によるスパイ活動対処任務は、党と国家の中央軍事委員会の指揮統制下にある人民解放軍総参謀部第二部が分担し、全体的には党中央統一戦線工作部が統括しているものとみられる。ただし、総参謀部は軍改革により解体再編された。
しかし現実には、これらの治安を管轄する諸機関は競合関係にあり、党中央の権力闘争に連動して、各機関相互間また各機関内でも熾烈な権力闘争が行われているとみられる。
「すべての中国公民(中国国籍の人民を指し、在外の者も含む)は、国家の安全と栄誉と利益を守る義務を有し、国家の安全と栄誉と利益に危害を加える行為を行ってはならない」(同法第四条)とされ、国家の安全と栄誉と利益の擁護が全公民の義務として明確に規定されている。
同様に、「すべての国家機関と武装力量(軍、武装警察、民兵を含むすべての武装力)、各政党、社会団体、企業、事業組織も、スパイ行為を防止、制止し、国家の安全を保護する義務を有する」(同条)とされている。
外国勢力については、「中国国外の機構、組織、個人が、自ら行い、あるいは他者にそれを実施させまたはその実施を助けた場合、あるいは国内の機構、組織、個人が国外の機構、組織、個人と共に、相互に連携し、国家の安全に危害をもたらすスパイ行為を行った場合は、すべて法律の追及を受けねばならない」(同法第六条)と規定している。
なお同条は、管轄域外(境外)と域内(境内)に区分されており、国家レベルだけではなく、省では省外者か省内者かと言った、地方レベルでの区分においても、適用されるとみられる。
また国籍ではなく、国内にいるか否かで適用区分が異なっている点には注意が必要である。外国国籍の者も、中国に入国した段階から監視対象になっているとみなければならない。
個人と組織のスパイ摘発への支持と協力も奨励されている(同法第七条)。特に外国人については、後述するように、報奨への欲求や個人的怨恨から、中国の一般人によりスパイと当局に通報され、根拠もなく拘束される恐れがあることに注意しなければならない。
包括的かつ恣意的なスパイ行為の定義
スパイ行為の定義は、同法第五章「附則」第三十六条に、以下のように列挙されている。
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スパイ組織またはその代理者が実施するかまたは他人に実施させ、または実施するのを助け、あるいは境内外の機構、組織、個人と結託して行われる、国家の安全に危害を及ぼす行為
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スパイ組織に参加するか、またはスパイ組織及びその代理人の任務を引き受けること
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スパイ組織及びその代理人以外のその他の境外の機構、組織、個人が実施するかまたは他人に実施させ、または他人の実施するのを助けた場合、あるいは境内の機構、組織、個人と結託して行われる、窃取、秘密裏の情報収集、買収、あるいは非法な国家秘密または情報の提供、あるいは工作要員を寝返らせるための策動、勧誘、買収活動
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敵国人のために攻撃目標を指示すること
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その他のスパイ活動を推進すること
さらに、「国家安全機関、公安機関は、法律、行政法規及び国家の関係規定に基づき、スパイ行為以外のその他の国家の安全に危害を与える行為を防止、制止し処罰を履行するにあたっては、本法の関係規定を適用する」(同法第三十九条)とされている。
第三十八条だけでも、境内外を問わず、すべての機構、組織、個人によるスパイ行為はもとより、その任務受託、ほう助、情報収集、金銭授受などは、すべてスパイ罪とみなされ、その他に⑤の規定もあり、極めて包括的な行為がスパイ行為として規定されている。
さらに、第三十九条の規定によれば、国家安全機関など当局は、本法の適用について自主裁量権を委ねられており、事実上、法適用の歯止めは無きに等しい。
これらの包括的な規定が、外国の人や組織を含め、当局の恣意で適用される危険性があることには注意が必要である。
また2010年に施行された『国家秘密保守法』の第四十八条によれば、以下の諸行為は、犯罪を構成する場合には刑事責任を追及されると規定している。
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国家秘密の内容を入手し特別に保有すること
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国家機密の内容を売買し、転送しあるいは勝手に廃棄すること
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普通郵便や速達の秘密保護措置のないチャンネルにより国家の秘密の内容を送付すること
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郵送または依頼により国家秘密の内容を境外に出し、あるいは関係主管部門の承認を経ることなく、国家秘密の内容を持ち出し伝達すること
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非法に国家秘密の内容を、複製、記録、保管すること
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私的な交流、通信などの連絡において、国家の秘密について触れること
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インターネットその他の公共情報網、またはまだ秘密措置が採られていない有線・無線の通信を使い、国家の秘密を伝達すること
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秘密を扱うコンピューター、データベースを、インターネットその他の公共の情報網に接続すること
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まだ防護措置が採られていない状況の下で、秘密を扱う通信系統とインターネットその他の公共情報ネットワークの間を接続し情報を交換すること
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秘密を扱わないコンピューターを使い、または秘密を扱わないデータベースで国家秘密の内容を処理すること
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自ら勝手に判断し、秘密を扱う情報系統の安全技術プログラムや管理プログラムに改修を加えること
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安全技術処理を経ることなく、秘密を扱うコンピューターや秘密を扱うデーダースを使用して、その他の用途のために、データを送り、引き出し、修正すること
後半の規定はすべてネットワーク情報に関するものである。このことから明らかなように、中国では2010年からすでに、秘密を扱うコンピューターやデータベースの使用や管理、その接続についても厳しく規制している。
特に、米国が支配している一般の公共用インターネットに対する警戒が強調されている。中国はそれ以前から米国のインターネットにサイバー攻撃をかけて、軍事技術情報などを大量に窃取していた。自らのサイバー諜報の効果を熟知していたからこそ、米側の反撃に対する情報ネットワークの防諜措置の徹底を図ったものとみられる。
防諜機関に保障された強力な権限
国家安全機関には強大な権限が与えられている。反スパイ工作間、法に基づき以下の措置をとる権限が与えられている。
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捜査、拘留、予審、逮捕その他法規に規定された職権の行使(同法第八条)
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中国公民と境外人の身分証明書の点検、その関係組織と人員についての関係状況の調査と尋問(同法第九条)
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相応の証拠を提示したうえでの、関係のある場所や単位組織への立ち入り、手続きを経て証拠を示したうえでの、関係の地区、場所、単位への立ち入りの制限、関係の保存書類、資料、物品の検査(同法第十条)
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緊急任務執行状況下、証拠を示したうえでの、公共交通機関の優先使用、及び交通が阻害される場合の優先通行(同法第十一条)
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必要に応じ、国家の関係規定に基づき、機関、団体、企業・事業体・組織及び個人の、交通手段、通信手段、場所、建築物を法に基づき優先使用し、必要な場合は、関係した工作活動をそれらの場所、設備、施設で展開することができる(同条)。
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必要に応じ、国家の関係規定に基づき、厳格な手続きを経て、技術的偵察措置を採ることができる(同法第十二条)。
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必要に応じ、規定に基づき、関係した組織と個人の電子通信機器、機材等の設備、施設を点検できる。点検して国家の安全に危害が及ぶとみられた時は、国家安全機関は責任をもってそれを改めさせねばならない。改めることを拒絶された場合または改めたのちに要求に合わない点があった場合は、差し押さえあるいは押収ができる(同法第十三条)。
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必要に応じ国家の関係規定に基づき、税関、国境警備隊などの検査機関に関係する人員、資料、機材などの検査免除を請求できる。関係検査機関はそれに協力しなければならない(同法第十四条)。
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スパイ活動の用具その他の財物から、スパイ行為の資金、場所、物資に至るまで、市級以上の国家安全機関が決裁して、法に基づき、差し押さえ、押収、凍結する責任を有する(同法第十五条)。
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必要に応じ関係部門は、反スパイ工作の技術防止のための標準を制定し、防止措置を執行し、秘密部門が存在する場合は技術防止検査を行うことができる(同法第十六条)。
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国家安全機関とその工作要員は、反スパイ工作の職責を法に基づき履行している際には、組織と個人の情報、材料を獲得し、反スパイ工作に用いることができる。国家秘密、商業秘密、個人の秘密に関することについては、秘密を守らねばならない(同法第十七条)。
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国家安全機関の工作要員は、法に基づき職責を執行する際、法律の保護を受ける(同法第十八条)。
以上のように、国家安全機関の反スパイ活動については、捜査、点検、拘留、逮捕、文書・情報・財物の差し押さえ・押収、場所・施設・設備の立ち入り制限と使用、公共交通機関の優先使用、活動における法の保護など、各種の強大な権限が与えられている。
当局の判断次第の権利保障
半面、組織や個人の協力義務は強調されているが、権利保障については、あいまいな規定が多い。
以下の協力義務が明示されている。
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機関、団体その他の組織は、それぞれの単位の人員に対し、国家安全保持の教育、動員、及び組織のそれぞれの単位の人員のスパイ活動の防止・制止を推進する(同法第十九条)。
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公民と組織は、反スパイ工作に対し、便宜を供与しその他の協力をしなければならない(同法第二十条)。
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公民と組織はスパイ行為を発見した時は、速やかに国家安全機関に報告しなければならない(同法第二十一条)。
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スパイ行為に関する情報の確認や収集に対しては、関係組織と個人はありのまま提供しなければならず拒絶してはならない(同法第二十二条)。
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いかなる公民も組織も、知りえた、反スパイ工作に関係した国家秘密を守らねばならない(同法第二十三条)。
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いかなる個人も組織も国家の秘密に属する、文献、資料その他の物品を非法に入手してはならない(第二十四条)。
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いかなる個人も組織も、スパイ活動に使用する特殊な必要性のある専門的なスパイ用機材を、非法に保有し使用してはならない。専用のスパイ機材は国務院の国家安全の主管部門により、国家の関係する規定に基づき確認される(同法第二十五条)。
この中で注目されるのは、第二十四条と第二十五条である。いずれもすべての個人と組織を対象としており、中国公民ではない外国人も外国の組織も対象となる。
今回の拘束事件では、中国外務省報道官は、「中国の国家機密に関わる資料」が見つかり、拘束された教授が「以前から大量の中国側の機密資料を収集していた」と語ったと、記者会見時に発表している。
このことは、同教授が、反スパイ法第二十四条違反の嫌疑をかけられた可能性を示唆している。
また同法第二十条と二十一条に基づき、すべての公民と組織は、当局の防諜活動に協力し、スパイ行為を「発見」した場合には、その情報を速やかに報告する義務を負っている。「発見」ということは、その疑いがあると一般人が判断した場合も含まれるとみられ、誤認や誣告により無実の外国人がスパイの嫌疑をかけられるおそれがあることを示している。
前述したように、現在も「事実関係が不明確なまま」9人の日本人が拘束されていると報じられているが、このような法規定が、無実の人に対するスパイ容疑ねつ造を生む温床になっていると言えよう。中国を訪問する日本人は、このような中国の国情を了解したうえで行動すべきであろう。
権利としては、以下の規定がある。
「すべての個人と組織は、国家安全機関とその工作要員の職権の越権・濫用その他の違法行為を、上級の国家安全機関又は関係部門に対して、告発または告訴する権利がある。それを受けた上級の国家安全機関などは事実を精査し、責任をもって処理し、その処理結果を告発または告訴した人に告知する。いかなる告訴あるいは告知した人や組織も、それに対する抑圧や打撃報復を受けることはない」(同法第二十六条)。
しかし、この規定では、告発や告訴の内容が事実か否かは、上級の国家安全機関や関係部門が決定することになっており、中立的な独立の審査が行われるわけではない。国家安全機関側が下部組織の違法性を自ら認める可能性は乏しく、空文の規定に等しいと言えよう。不服時の告知、告発についての真の権利が認められているとは言えない。
この点については、第二十六条の対象としてすべての個人と組織、すなわち外国人、外国企業も含まれており、日本人もこの点を了解しておかねばならない。日本国内のような司法の独立性や中立性はなく、法的な保護も中国国内法には期待できないことを覚悟しておかねばならない。
厳格な法律責任
第六条に規定された行為は犯罪を構成すれば刑事責任を問われる。ただし、「自首して大きな功績のある自供があれば、罪は減じられ、あるいは免除される。特に重大な功績のある自供には報償が与えられる」(同法第二十七条)とある。
今回、拘束されていた北大教授についても、「罪状をすべて認めた」との理由を付けて釈放している。中国側としては、本規定が実際に適用されていることを示し、寛大さと法の支配を誇示したかったのかもしれない。
また、米中貿易戦争のさなか、対日微笑外交を働きかけ、来春の習近平主席訪日を成功させたいとの、中国側の思惑も垣間見られる。
その他の同法違反行為として刑事罰に問われる可能性のあるものは、以下のとおりである。
境外で恫喝や勧誘を受け、敵対組織、スパイ組織に参加し、国家の安全活動に人事上の危害を与えたもの(同法第二十八条)、他人のスパイ行為を知りながら国家安全機関の情報収集、証拠提出などを拒絶したもの(同法第二十九条)、暴力や恫喝により国家安全機関の法執行を妨害したもの(同法第三十条)、反スパイ工作に関する国家秘密を漏洩したもの(同法第三十条)、非法に国家秘密に属する文書、資料その他の物品を保有し、またはスパイ専用機材を非法に保有していたもの(同法第三十二条)、国家安全機関が差し押さえ、押収、凍結した財物などを隠匿、移転、転売、廃棄したもの(同法第三十二条)など。
なお、境外の人員については、「期限が過ぎれば退去または送還させる」(同法第三十四条)とある。今回の釈放もこの規定に従った国外退去措置ともとれる。
いずれにしても、スパイ行為とみられる行為の範囲は多岐にわたり、目標を定めて常に監視していれば、上記のある条項に違反したとの理由で拘束することも不可能とは言えない。事実関係も不確かなまま、日本人が中国国内で拘束される事例が多発しているのも、このような当局による恣意的運用が可能な反スパイ法制が大いに影響していると言える。
結論
以上から見て、中国の反スパイ法は、国家安全機関の恣意的な運用が可能なほど、多種多様な行為をスパイ行為と規定しており、そのことはインターネットなどのサイバー空間でも同様である。国外での違法行為は通常、当該国の法規で裁かれるが、中国国籍を持つものは国外でも反スパイ法は適用されるとしている。また、中国国内の外国人にも、いくつかの条文に基づきスパイ罪で摘発、拘束できる法規になっている。
この点について、中国側と接触する日本人も日本の各機関、企業などもよく承知したうえで、中国国内での活動や接触に臨む必要がある。スパイ防止重視姿勢は、対日微笑外交の下でも緩和されてはおらず、習近平体制下では、むしろ引き締め強化の方向にある。中国国内では日本政府の保護にも限界がある。中国国内で行動する際には、謂れのない罪状を回避し安全を守る責任は、自からにあるとの覚悟を持たねばならない。
「本論は、JBPress(https://jbpress.ismedia.jp/)からの転載です。」